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【無人島300日目】折坂悠太 『たむけ』

投稿日:2018年7月4日 更新日:

300日目。自分の好きな人が、どんな本や音楽、もしくは先人から影響を受けたのか?というような話を聞くのは一興です。例えば、ユーミンが曲作りを始めたきっかけは、13歳の時にプロコル・ハルムの『青い影』に感動したからだとか。その後、彼女が生み出すことになる数多な楽曲の、最初のエレメントが『青い影』というのは、なんとも腑に落ちる気がします。作家の浅田次郎は学生時代、『金閣寺』と『細雪』を原稿用紙に一言一句筆写していたのだそう。浅田氏の紡ぐ耳心地の良い日本語は、三島や谷崎の系譜なのでしょう。293日目に紹介した映画監督・西川美和氏は朝青龍のファンなのだとか。彼女の作品と、「ヒール」と呼ばれた元横綱はかけ離れて見えますが、実力があるのに賢くふるまうことができず、世間から叩かれ角界を追い出された朝青龍に、「悔恨だらけの、黄昏の中に佇むヒーロー(本人のエッセイより抜粋)」の姿を重ね、心の糧にしてきたのだと。そう聞けば、彼女の描くストーリーに出てくる登場人物は、自分の失態にのたうち回りながらも、生き方を変えられず、自分らしくいることを諦めないヒーローたちばかりなのです。

閑話休題。先週発売された宇多田ヒカルちゃんの新作アルバム『初恋』、みなさまはもうお聴きになりましたでしょうか? 292日目に紹介した前作『Fantôme』から1年9ヶ月という比較的短いスパンでリリースされた今作は、プライベートかつ多角的なラブソング集です。一対一の関係性から生まれる、近さと遠さ、愛情と孤独、歓喜と絶望といった相反する一卵性の感情を、彼女ならではの感性で綴った12曲。個人的には、聴き込むほどに中毒性が増していく表題曲『初恋』と、上質な短編小説の佇まいを想起させる『嫉妬されるべき人生』が大好きです。

その『初恋』の発売日に公開された音楽情報サイトの、ヒカルちゃんロングインタビュー内で、「アルバム制作中によく聴いていたアーティストは?」という質問に、「好きで何度も聴いていた曲はいくつかありました。折坂悠太さんの『あさま』という歌には衝撃を受けました」と答えておりました。折坂悠太? 知らんな。ということで早速「折坂悠太 あさま」で検索してみると、こんな動画を発見いたしました。

これは一体なんでしょう? レゲエであり、民謡であり、ブルースでもある超無国籍ミュージック。放り投げるような歌声は、日本民謡というよりもモンゴルかどこかの大陸系ワールドミュージックを彷彿とさせるし、折坂氏本人と思われるボーカルの虚ろな眼差しや、二人の女性の不可解な行動からは、ナチュラルなドラッグの匂いが溢れんばかりです。これは一体なんでしょう?

興味が湧いたので、どんどんググって行くと、176日目に紹介した小田晃生くんをゲストに迎えたライブレコーディングの動画を見つけました。タイトルは『鳥』。

大きな男が泣きわめく
肩を震わせ 唾飛ばし
息もできない暗闇を
水面目指して泳ぎだす

鳥よ 鳥よ
僕と似た鳥よ
鳥よ 鳥よ
僕とどこか

若い女が諦める
髪をまとめて息をつく
思いがけない年月が
地上めがけて降りてくる

鳥よ 鳥よ
僕と似た鳥よ
鳥よ 鳥よ
僕とどこか

小さな子供が影おとす
あちらこちらについてくる
「ふしぎ」と見てたその影を
匿うように夜が来る

鳥よ 鳥よ
僕と似た鳥よ
鳥よ 鳥よ
僕とどこか

童謡のような簡潔な言葉を使いながら、何かしらの不吉な暗示を感じさせる歌詞。それに対比するような柔らかく緩やかなアレンジ。決して美声ではないけれど、全身を楽器のようにして発声される歌声。日本人でいうなら、153日目に紹介したタテタカコ、133日目の青柳拓次、ハンバートハンバートあたり、外国人でいうと、243日目のGlen Hansardさんがやっている音楽が近いかもしれません。ボクはこの歌と出会ってしまってからここ数日、バカみたいにこの曲ばかりエンドレスリピートしています。地べたを這いつくばるような一日の終わりに、ふと空をゆく鳥の群れを見たときの、憧憬と諦念を、色鮮やかに感じます。

折坂悠太氏は、平成元年生まれのシンガーソングライター。ロシアやイランで幼少時代を過ごし、2014年に自主制作のミニアルバムでデビュー。デビュー当時はギター弾き語りでしたが、最近は「折坂悠太合奏」というバンド編成での活動が多いようです。さらに検索していると、「折坂氏本人が選んだ無人島に持って行きたいCD」という、このブログとタイトルがダダ被りの特設サイトを見つけたのですが、10枚のCDの中に、キース・ジャレット、ヴァン・モリソン、ボン・イヴェールなどを挙げており、なんだかそれだけで好きになってしまいそうです。

ヒカルちゃんが作っている音楽と、折坂氏のそれとは、一聴して共通点のようなものは見当たりませんが、デビュー当時はR&B寄りだったヒカルちゃんが、最近はこんなアコースティックな音楽に耳を傾けているのかと思うと、それはそれで感慨深いし、今後のヒカルちゃんの方向性のようなものが、うっすら示唆されているような気もします。そう言えば、数年前にビョークが来日DJをしたとき、日本各地の民謡をガンガン掛けてフロアを凍りつかせていましたが、天才が音楽を極めると、自ずとプリミティブな方向に寄っていくものなのかもしれません。

いずれにせよ、好きな音楽、好きな文学、好きな思想を吸収することで、ボクたちは形成されていくし、そういう意味では「好きなもの=今の自分」とも言えるでしょう。その伝でいけば、折坂氏は今のヒカルちゃんで、ヒカルちゃんは今のボクなのです。

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