「上機嫌は人が着ることができる最上の衣裳である」と言ったのは、19世紀のイギリスの小説家、ウィリアム・メイクピース・サッカレーさんだそうですが、本当にその通りだとボクは思います。「なんだか不機嫌そうだな……」と思う相手に、わざわざ近づきたいとは思わないし、「不機嫌さ」を武器にして、人を貶めたり操ったりしようとするような相手には、もっとお近づきにはなりたくないものです。逆に、いつ会ってもニコニコしていて、その「上機嫌」につられて、こちらまで笑顔になってしまうような方に出会うと、「こういう人になりたい!」と心から思います。
しかしサッカレーさんも言う通り、その「上機嫌」は「衣裳」であり、努力して意識的に身に付けるものです。嫌なことがあった日、気分が優れない日、星占いが最悪な日、そんなことを微塵も感じさせない「ご機嫌さ」で、周りにピカピカの笑顔を振りまくには、それなりの鍛錬と胆力が必要なのでしょう。「人徳がある」「人格者」などという言葉は、きっと「上機嫌」という名の、思いのほか重く着づらいコートを、なんの苦もなく(もしくはまるで苦にもならないように)羽織れる人を指すのだと、ボクは思うのです。
話は変わらないようで変わりますが、音楽にも「ご機嫌」と呼ばれるジャンルがあります。例えば、スウィング・ジャズ。ベニー・グッドマンを筆頭とするビッグバンドの演奏は、人をウキウキした気分にさせる魔法の音楽です。あと、1960年代にジェームス・ブラウンが確立させたファンク・ミュージック。基本的に「鑑賞される」ことを目的として演奏されるジャズに比べて、ファンクはリスナーを「踊らせる」ための音楽です。単純なコード進行を16ビートに乗せて、人々を「ご機嫌にする」ことを目的としたダンスミュージックなのです。
ファンク・ミュージックを代表するミュージシャンと言えば、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、クール・アンド・ザ・ギャング、最近だとブルーノ・マーズなどが有名ですが、日本でもファンクを奏でるミュージシャンは数多くおります。古くはラッツ&スターやSUPER BUTTER DOG、近年だと在日ファンクや、290日目に紹介したサチモスなんかもそのジャンルです。その中でも、最近のボクのお気に入りはこのバンドです。
今夜 ダンスには間に合う
散々な日でも ひどい気分でも
今夜 ダンスには間に合う
分かり合えなくても 離れ離れでも
今夜 ダンスには間に合う
何も持ってなくても 失くしてばかりでも
今夜 ダンスには間に合う
諦めなければ
散々な一日の終わり。ひどい気分で、離れ離れで、失くしてばかりでも、諦めなければ、すべてをチャラにしてくれる「ダンス」に間に合う——。恋人とのデート、家族とのディナー、仲間との飲み会。「ダンス」を何の代名詞とするかは聴く人次第ですが、正に「ご機嫌」のコートを羽織ったような、可愛らしい応援ソングです。
「思い出野郎Aチーム」は、2009年、当時多摩美術大学のジャズ研に在籍していたメンバーが結成したバンドで、2015年にアルバム『WEEKEND SOUL BAND』でデビュー。2017年、262日目に紹介したキセルや、174日目の二階堂和美が所属するレーベル「カクバリズム」に移籍し、セカンドアルバム『夜のすべて』を発表。そして先週、ジャケットも愛らしいEP『楽しく暮らそう』をリリースしたばかりの、ソウルバンドです。『楽しく暮らそう』に収録された、『ダンスに間に合う』の続編のような楽曲『去った!』をお聴きください。
今までのこと 君と会って
笑い話に 変わっちまった
針を落とした 二分前までの
退屈な夜が 弾け飛んだ失ってきたものが
音楽に生まれ変わって
いつかなくなる
街に降り注ぐ過ぎ去った 去った 去った
何もかも 後ろの方へ
去った 去った 去った
悲しい夜も 良かったこともやがて 去ってゆくから
全部忘れて ただ踊った
今夜残った 君とふたり
音の鳴る方へ 光の方へ
作詞を担当するのは、ボーカル兼トランペットの高橋一(まこと)氏。その乾ききったダミ声のボーカル(←失礼)とは対照的に、彼の綴る歌詞には、湿り気を帯びた品の良いセンチメンタリズムが溢れています。バンドメンバーと学生時代の思い出を語り合い、「俺たち思い出野郎だな」と笑い合ったことからつけられたというバンド名も、どこかレトロな郷愁を誘うし、「在日ファンク」の凶暴性のあるハッチャケ感や、「サチモス」のいい意味で行き過ぎたオシャレ感とも違う、日本人特有の控え目でハニカミ感のある「上機嫌」さが、彼らの音楽の底辺にある気がします。
「上機嫌」を上手に羽織れるようになるために必要なのは、振り切ったポジティブさや、張り付いた笑顔ではなく、自分にとっての「ダンス」を見つけること、そしてそれを一緒に楽しんでくれる誰かと巡り合うこと、そしてその楽しい時間は人生の中でほんの一瞬で、いつか去ってゆくものなのだと、認識することなのかも知れません。はてさて、ボクはまだ、ダンスに間に合うでしょうか?