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【無人島293日目】西川美和 『永い言い訳』

投稿日:2016年10月20日 更新日:

293日目。「性善説」「性悪説」という言葉があります。「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ!」と説いた孟子さんと、「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ!」と説いた荀子さん。結局両者とも「だから努力して良い人間になりなさい!」という教えなので、どちらが良い悪いの問題ではないのですが、個人的にボク自身は「性悪派」の人間ではないかと思うのです。ワガママだし、利己的だし、甘ったれだし、努力が嫌いで、ええかっこしいで、見栄っ張り。なんの縛りのない場所に生まれていたら、超自分勝手に生きてしまいそうだし、ルールや法律や人の目があるからこそ、ブーブー文句を垂れながらも、どうにか人並みに自分を律せられているタイプなのです。ダメダメ47歳。

先週末から公開中の映画『永い言い訳』。監督は229日目に紹介した、ボクの敬愛する作家兼ディレクターの西川美和氏。そして主人公(モッくん)の相手役には、ボクの寵愛する天才ドサ回リスト・竹原ピストル君。個人的にはこれ以上にアガる「タッグマッチ」はないので、映画鑑賞はもちろんのこと、公開記念のトークショーやら舞台挨拶やらまでハシゴして観てまいりました。

『永い言い訳』は西川氏が昨年2月に上梓し、第153回直木賞候補作になった小説が原作。雪山でのスキーバス滑落事故で、同時に妻を失った、都心に住む売れっ子作家と、埼玉郊外の団地に暮らすトラック運転手。「妻同士が親友」という以外は何も接点がなかった二人が、事故をきっかけに風変わりな交流を持つようになります。

主人公の作家「幸夫」は、自分勝手で見栄っ張りで、長年支えてくれた妻への感謝の気持ちすら拗らせている男です。そんな自分に嫌気がさしながら何もできず、外面(そとづら)は良いくせに、身内には食えない毒を吐くダメ男。ボクにそっくり。

逆にトラック運転手の「陽一」は、純粋で真っ直ぐ。家族を愛し、人を疑わず、真面目で強く優しい男です。ただその純粋さは、時に愚鈍さにも映り、人を苛立たせたり失望させたりもします。その反発を受け流す余裕やしなやかさはなく、自分で自分を傷つけてしまうのです。

どちらがどっちと決めつけるのもなんですが、強いて言えば「幸夫」は「性悪派」で、「陽一」は「性善派」。「陽一」の単純さを内心小馬鹿にしながらも、そのシンプルさに憧れを抱く「幸夫」と、「幸夫」のように器用に生きられず、二進も三進もいかない生活に屈託していく「陽一」。「妻を亡くす」という同じ体験をしながら、全く違うアプローチで悲しみと向き合う二人は、それぞれがお互いの「向き合い方」に感化されながら、一年という月日を掛けて、少しずつ、もう十分な大人なのに、少しずつ成長していくのです。

つくづく思うよ。他者の無いところに人生なんて存在しないんだって。人生は、他者だ。(小説本文より抜粋)

公開日のトークショーや舞台挨拶で、監督の西川氏が「幸夫は、今まで描いた人物の中で一番自分に近い」と語れば、幸夫役のモッくんも「自分にそっくりな役」と言い、陽一役だったピストル君さえも「実は僕も幸夫的な男」と話しておりました。人は誰も自分のことを、面倒くさくて自分勝手な人間だと思いがちなのでしょう。その面倒くさくて自分勝手な自分をどうにかしたいと、ジタバタする衝動こそが、実は人間にとっての「性善」なのかも知れません。

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