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【無人島287日目】青山文平 『つまをめとらば』

投稿日:2016年4月2日 更新日:

287日目。先日『リリーのすべて』という映画を観てきました。1920年代のデンマークを舞台に、世界初の性適合手術を行った実在の女性とその奥様の、苦悩と献身の物語。若手実力派俳優、エディ・レッドメイン君が、スーツ姿のイケメンから、徐々に愛らしい女性になっていく、その巧みな演技だけでも一見の価値がある映画ですが、どちらかと言えばこの作品の主体は「奥様」の視点。最愛の夫がだんだんと女性になっていく姿を目の当たりにしながら、反発と同情、混乱と諦め、憎しみと愛しさの間を、うぉーさぉーする奥様の苦悩は、観客に「伴侶とは?」という命題を問いかけてきます。序盤の奔放でわがままな若妻から、後半すべてを飲みこんだ聖女の面持ちに変わるまでのプロセスを、見事に演じきった女優、アリシア・ヴィカンダーさんは、今作で本年度アカデミー賞で助演女優賞を獲得。エディ君も霞むほどの熱演なのでした。

閑話休題。青山文平著『つまをめとらば』という小説を読了いたしました。今年1月に発表された第154回直木賞受賞作です。江戸時代後期の武家社会を舞台に、これも「伴侶とは?」をテーマにした時代小説。

六つの物語を編んだ短編集ですが、どれも身近にいる伴侶なり恋人なりの、思いがけない素顔を垣間見た主人公たちの、ためらいと心の移ろいを描いた小話です。誰もが羨む美女と結婚したものの、その妻の裏切りを知り、壊れていく夫の顛末。亡くなった妻が、自分に内緒で「仕事」をしていたことを知った夫の困惑。我が子のための乳が出ない新妻が、乳母と夫の関係を悋気する焦燥。

一遍いっぺんは短いながらも、凝った場面展開や巧みな時間の構成で、まるで質の良い短編映画を観た後のような読了感を味わわせてくれます。青山文平氏の作品を拝読するのは初めてでしたが、言い尽くせないモヤモヤや、形にできない感情の機微を、湿り気のない鮮やかさで描き切るその筆致は、日本の作家というよりも、むしろ海外の文豪の短編を彷彿とさせるスタイリッシュさを感じました。

他人でもなく血縁でもない「伴侶」という不可思議な存在。相手に何を求めるのかは人それぞれですが、『リリーのすべて』にも『つまをめとらば』にも共通するのは、相手によって気付かされたのは、自分自身の「正体」だったという事実。「伴侶」は鏡であり、自分が求めるものは結局自分から差し出すしかないという「鏡の法則」の最たる例なのかもしれません。チョンガーのボクからしてみればホラーに近い話ですが、やっぱり少しうらやましい気もするのです。

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