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【無人島215日目】大貫妙子 & 坂本龍一 『UTAU』

投稿日:2010年12月6日 更新日:

215日目。向田邦子氏の有名なエッセイに『眠る盃』という短文があります。唱歌『荒城の月』の一節「巡る盃 影さして」を、「眠る盃 影さして」だと勘違いしていたという回想をベースに、戦前の家族の思い出を見事に描いた秀作です。特に子供の頃、夜遅くまで続いた宴会の後片付けを手伝った時にみた、盃に残った酒のゆらりとした感じを「眠っているよう」だと綴るその感性には、ハッとさせる鮮やかさを覚えます。ボクには彼女のようなセンスもボキャブラリーもないので、上手く伝えられる自信はありませんが、最近似たような体験があったのでちょっと書いてみます。

『教授』こと坂本龍一と、『ター坊』こと大貫妙子のコラボCD『UTAU』が先月リリースされました。教授曰くター坊は「僕の人生で一番多くアレンジをした人」で、今まで二人で100曲以上を紡いできたとのこと。そんな30年以上の付き合いの末にドロップされた初のダブルネーム・アルバムは、教授のピアノとター坊の声のみという、シンプルながら実に贅沢な静謐さがおさめられた作品です。

収録曲は、113日目に紹介した教授の『美貌の青空』や、映画『鉄道員(ぽっぽや)』の主題歌でオリジナルは教授の娘・坂本美雨が歌った『鉄道員(てつどういん)』、童謡『赤とんぼ』のカバーなど多彩な選曲ですが、ボク的に一番グッときたのは、ター坊の82年のアルバム『Cliche』に収録されていた『夏色の服』と『風の道』の再録。

当時12〜3歳だったボクは、友人が聖子ちゃんや明菜ちゃんに熱を上げているのを傍目に、この大貫妙子の『Cliche』をエンドレスリピートしておりました。自分でもしみじみ思いますが、キモいガキだったワケです。特に『風の道』は今でもそらで歌えるほど聴き込んでおり、30年近くあとになって、こうして新録で再会できるとは、なんとも感慨深い気持ちでいっぱいです。

そんなこんなで、この『UTAU』のCDについていた歌詞カードを片手に、何十年ぶりに再会する旧友に会う心地で、この『風の道』を聴いていたのですが、歌の終わりにあることに気付きました。

歌詞の最後に「おたがい寄り添う月日を思えば語る言葉もないほど短い」というフレーズがあるのですが、ボクはずっと「分かる言葉もないことに近い」だと思い込んでおりました。さらに言うと、キモい上におませなガキだったボクは、この歌は別れてしまった恋人のことを思い出している歌で、雨に打たれる自転車を見ながら「私たちが付き合っていた時間はあまりにも短くて、もしもう一度会えても、分かり合える言葉はほとんどないのよね」って言ってるんだと思ってました。

改めて歌詞を読んでみると、この歌はきっと母子の歌なんでしょうな。子供が大きくなって自分のもとを離れ、「今では他人と呼ばれるふたり」になった。母親だけが家に残り、庭先に置いてある錆び付いた自転車を眺めている。この家で子供と一緒に過ごした月日を思い出しながら「語る言葉もないほどあっという間だったなあ」とひとりごちる。そういう歌なのでしょう。(違うかもしれませんが。)

まあ、ター坊の描く歌詞世界はあいまいで、受け手の解釈に任せている部分が多いので、どちらの解釈も正解なのかもしれません。ただボクが30年間ずっとこの歌に持っていた「絶望的なさみしさ」がちょっとだけ薄まって、同じ庭でも陽のあたる庭になったことが、少しうれしいような気がしたのです。

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