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【無人島288日目】Damien Rice 『My Favourite Faded Fantasy』

投稿日:2016年6月10日 更新日:

288日目。例えがあまり良くないのですが、まだボクが20代の頃に、ある雑誌に素敵な連載コラムを見つけて、毎回楽しみに読んでいた時期がありました。文面からその著者が女性であることは推測できたのですが、思慮深くも鮮やかな印象を残すその筆致から、心の落ち着いた穏やかな女性が書かれていらっしゃるのだろうと、勝手に想像しておりました。その後、不思議な縁でその著者の方とお会いする機会があったのですが、実際は全く違い、良くも悪くも周りを振り回すエキセントリックなタイプの女性でした。向こうからしてみれば「アンタが勝手に想像してただけやろ!」って話なのですが、あまりのギャップにボクはショックを受けました。ボクはその時まで、作品と人格はほぼイコールなものだと信じていたのです。太宰や啄木のように、気に病む人は気を病んだ作品を作るし、ヘミングウェイやピカソのような男らしい作家は、得てして大味で豪快な作品を作る。でもそれは誤りでした。人間はもっと多面的で、思いがけない人の、思いがけないポケットに、思いがけない宝物が隠されているものなのです。

先日、六本木EXシアターでダミアン・ライス(Damien Rice)さんのライブを拝見してきました。以前の無人島でも、74日目でも紹介しましたが、ボクはこの人の歌声が大好きで、このブログの主旨をまるっきり無視して言うと、無人島に10枚しかCDを持っていけないとしたら、最低1枚はダミアンさんのCDを選ぶと思います。そのくらい好き。デビューから14年目にして待望の初来日公演ということで、ボクは一も二もなくライブ会場に向かいました。

アイルランド出身のダミアンさんの歌は、暗く内省的で果てしなくナイーブ。だからご本人もきっと、無口で厭世的なちょっと気難しいタイプの方なのだろうと、ボクはまた勝手にそう思い込んでいたのです。客席の明かりが落ち、ほとんど何も装飾のないガランとしたステージ上に現れたダミアンさんは、アコギとエフェクターのみとは思えない圧倒的な演奏を3曲続けた後、マイクに向かってこう言いました。

「中学生の頃、オナニーするたびに寄付するっていうルールを自分に課してたんだけど、寄付先からクリスマスカードをもらった時だけは複雑な気持ちになったよね」

ガラガラガラと何かが崩れていく音を聞きながら、ボクは例のコラムニストのことを思い出していました。思いがけない人の、思いがけないポケット。

「バーでいい女に会ったら、一度トイレに行って一発抜いてから席に戻って、それでもまだいい女だと思ったら、本当の恋だよね」(←MCで本当に言っていた)

ガラガラガラ。あとでネット検索したところ、ダミアンさんの下ネタはライブの定番らしく、至るところで披露しているようです。しかし、全くいやらしい感じがしないのは、話している本人がニコニコして楽しそうなのと、客席にいても伝わってくるそのアッケラカンとした人柄の妙なのでしょう。ダミアンさんの歌を聴き始めてから10年強、勝手に寡黙な吟遊詩人のイメージを固めておりましたが、ステージ上のご本人は、どちらかというと、凍てついた北海を漁場にする、酒と歌と女を愛する逞しきフィッシャーマンといった心意気の男性なのでした。

だからと言って「ガッカリ!」という話じゃなくて、今回は逆にその人柄を目の当たりにし、彼の歌自体も違って聴こえてくる面白さがありました。例えば14年にリリースしたアルバム『My Favourite Faded Fantasy』からのシングル『I Don’t Want To Change Your Mind』は、ニッチもサッチも行かなくなった男の感情の結露なのかと思っていましたが、この根っからの明るさを持つダミアンさんのこと、実は手放しで人を愛することの喜びを歌っているようにも聴こえてくるのです。

ステージでは、ワインをガブ飲みしてみたり、観客をどんどん舞台上にあげ、ファンに囲まれながら歌ったり、アンコール後に会場の外でバスキング(路上ライブ)を始めたりと、フレンドリーさを爆発させていたダミアンさん。もちろん歌や演奏も一流で、ボク的に今まで見た中でも、忘れ難さ屈指の素晴らしいライブでした。

もちろん、ダミアンさんのその明るさも、ほんの一面の面影で、ホテルに帰ればまた別の横顔なのかもしれません。それは冒頭のエキセントリックなコラムニストも然りです。人はわからないものだなあと思うのと同時に、自分はどうなのだろう?と考えます。まだ自分でも気づいていないポケットに、思いがけない何かが入っているのではないでしょうか? もうすぐ47歳。あってもなくてもホラーです。

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