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【無人島84日目】小川洋子 “ミーナの行進”

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ミーナの行進

ミーナの行進

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2006/04/22
  • メディア: 単行本


84日目。ボクは子供のころ「鍵っ子」でした。学校が終わって家に戻ると、両親は共稼ぎだったので家におらず、5つ学年の違う兄は部活で遅くまで帰ってこず、学校は地元の小学校ではなかったので、近所に友達もおらず、だからほとんど毎日夜になるまで家にひとりで、本を読んだり、絵を描いたりして過ごしていました。ある意味、今よりもずっと思慮深く、思索好きで、クリエイティブだった。孤独がさみしいとは思わんかったし、確固たる自分の世界みたいなものを持っていた気がします。今や、まったく見る影もねえっす。ホント、あの頃の自分には会いたくないですな。「ガッカリだよ!」とか言われそう。



04年に「博士の愛した数式」で読売文学賞と本屋大賞を受賞した小川洋子が、昨年発表した「ミーナの行進」。06年の谷崎潤一郎賞受賞作。

時は1972年。岡山県の片田舎に住んでいた12歳の主人公・朋子は、家庭の事情で1年間だけ、兵庫県芦屋にある伯母の家に預けられます。そこは山の上にそびえ建つスパニッシュ様式の洋館で、17も部屋がある大邸宅。アーチ状の玄関ポーチ。ふかふかの絨毯。大きな庭には池。優しくてダンディーな伯父さん。無口だが微笑みを絶やさない伯母さん。そして病弱で驚くほどの美少女である娘・ミーナ。彼らと過ごした夢のような1年間の、回想録という形でストーリーは進みます。

貧しかった私が、いきなり夢のようなお屋敷に!という設定は、モンゴメリーの「赤毛のアン」を彷彿とさせますが、この小説にはイジメもヒガミもなく、ただただ優しくなめらかな時間だけが流れて行きます。伯父さんの運転するベンツの乗り心地の良さ。おばあさんの持っている香水瓶がいかに美しいか。ミーナが集めているマッチ箱の柄の可愛らしさ。そういうディテールのひとつひとつを、まるで手に取ってそっと磨き上げる優しさで紡いでいく文章は、心地良い音楽を聴いているかのようです。

また、幸せすぎるシチュエーションの中に時折挟み込まれる、ミーナがマッチ箱の図案から作り出す美しくも奇妙なストーリーだけが、不安定な通低音となって物語全体を引き締めています。

実家が岡山なこと、近年芦屋に越してきたこと、読書と洋館が好きなこと、若かりし日貧乏だったこと、そして1962年生まれで、朋子とほぼ同い年なことも合わせると、この小説は小川洋子氏が、かなりの割合で、少女時代の自分自身を投影させた作品なのでしょう。もしくは、あの頃の子供だった自分を、今の自分の家に招いたら、という妄想からスタートしたのかも知れません。

あの頃の自分を、今の自分の家に招いたら? この37にしてチョンガーで一人暮らしのアパートへ? あんな気難しそうなガキを? ウソ。ヤダ。どうしよう。ピンポーン! あ、もう来ちゃった! ハ、ハーイ。ガチャ。「ガッカリだよーっ!」。あ……。帰っちゃった。

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