199日目。ボクが高校生だったころ、ちょうど世間はバブル景気に湧き始めており、テレビでは「おニャン子クラブ」のメンバーが増殖し、大相撲では千代の富士が記録的連勝を成し遂げ、遠い国では原子力発電所が爆発したりしておりました。その頃のボクは特に何かに夢中になることもなく、ただぼんやりと、でもそれなりに日々を楽しく過ごしておりました。無茶をしなければ大学までエスカレートでいけるという環境の中、勉強にも遊びにもとことん突き進むことなく、友達とピンポンをしたりファミコンをしたり、たまに煙草を吸って悪ぶったりしていました。今ではもう、高校生だった頃のことを思い出すことはあまりないし、正直あまりよく覚えてもいませんが、あの頃は「高校生」でいられるのが、人生の中でたった3年間しかないなんて、分かっていなかったのだろうと思うのです。
藤谷治著の三部作『船に乗れ!』を昨日読了しました。総800ページ余りもある長編でしたが、あまりにも面白く、久しぶりにページをめくる手が止められなくなる感覚を味わいました。今もまだ、その余韻の中におります。ボク的に今年読んだ小説の中では、文句なしのナンバーワンです。
主人公は、裕福な音楽一族に生まれ、幼い頃から音楽の教育を受けてきた少年・サトル。チェロを専攻し、哲学書を愛読する自意識過剰な彼が、芸高(東京芸大学附属音楽高等学校)に落ち、三流の音楽高校に入学したところから、この小説は始まります。挫折、初恋、友情、衝突などを繰り返しながら、少しずつ成長していく主人公の姿を描いた青春小説、と書くと、実に陳腐ですが、おおまかに言っちゃえばそんな感じです。
この小説が、他の青春小説と明らかに一線を画してる点は、ひとつに音楽の描写。オーケストラの練習風景や、コンサートの場面がたびたび出てくるのですが、その微に入り細に入る克明な筆致は、まったくクラシック音楽や演奏に関する知識のないボクですら、その緊迫感や難しさがジンジンと伝わってくる説得力があります。
次にリアル感。まるでノンフィクションの本を読んでいるかのような感覚を覚えるほど、音楽高校に通う高校生の日常生活のディテールがリアルです。読み終えてから藤谷治氏のプロフィールを検索したところ、やはりご自身も音楽高校を卒業し、チェロを習っていたとのこと。どこまでが追体験でどこからが創作なのか分かりませんが、他人の日記を盗み読んでいるような臨場感がこの小説にはあります。
最後に主人公・サトルをはじめ、主要キャラクターの愛すべき人物像。サトルの、自分はヒトカドの人物であると信じきっている、その高慢さと幼稚さ。南の劣等感と孤独と決断、鮎川のバカバカしいほどの人の良さ。伊藤の恋と懊悩。そのどれもが、ボクがすっかり忘れていた高校時代の、あの独特の空気、自分が思春期にあるとは気付きもしなかったあの一瞬の空気を喚起させてくれます。そして、あの頃の自分に会いたくなります。
ボクは今年四十路になりました。仕事は、残念ながらキミがなりたがっていた小説家や漫画家にはなれませんでした。そして驚くべきことにまだチョンガーです。でも、まあそれなりに楽しくやってるよ。だから、心配しなくていい。そうそう、柔道部のデブな友達を大切に。そいつとは一生の付き合いになります。あと、今のうちに親孝行しておいてな。ほんじゃね。船はまだ、揺れてるよ。