298日目。最近「不倫」が大ブームです。好感度の高いタレントも、クリーンなイメージの政治家も、年俸数億のスポーツ選手も、不倫が見つかってしまえば、もれなく「ゲス」のレッテルを貼られて、ワイドショーで吊るし上げです。怖い世の中ですな。いい歳こいたチョンガーの世迷い言だと思って聞き流してほしいのですが、「不倫」って、そもそも言葉が良くないと思うんです。「倫理にあらず」という、ちょっと道徳チックなこの表現が、世間のバッシングを強めにしている感じがします。例えば「不倫」の代わりに、三島由紀夫風に「よろめき」とかにしてみれば、もう少しマイルドな対応になるんじゃないでしょうか? 「ケンさんがよろめいた!」「ユキちゃんのよろめき会見!」みたいな。ね? ってダメか。
古今東西、不倫をテーマにした作品は星の数ほどございます。文学でいえば、いまだに長編小説の最高峰と呼ばれるトルストイの1877年作『アンナ・カレーニナ』と、1992年に世界的ベストセラーになった『マディソン郡の橋』は、どちらも家庭を持つ女性が、別の男性に「よろめいて」しまう物語。双方とも悲恋の結末ですが、恋に身をやつす女性の歓喜と逡巡は、時代を超えて普遍的なものなのだと教えてくれます。
楽曲でいうと、一番先に思いつくのは、ホイットニー・ヒューストンの85年のシングル『Saving All My Love for You』。この曲はもともとマリリン・マックー&ビリー・デイヴィス・ジュニアという夫婦デュオの78年のヒット曲で、ホイットニーのバージョンはカバーになります。妻子ある男性と恋に落ちてしまった主人公が、未来はないと知りつつも、逢瀬を待ちわびてしまう心情を、デビュー直後の圧倒的な歌唱力でホイットニーが歌い上げた名曲です。
個人的に好きなのは、Heartの90年のヒット曲『All I Wanna Do Is Make Love to You』。「私はあなたとエッチしたかっただけ」という大胆なタイトルながら、一晩だけの情事に見せかけて、実はある覚悟を秘めていた人妻の思惑が、最後の最後に明らかになるというストーリー仕立てのリリックが面白いし、何よりもいろんな意味でパンチの効いた、アン・ウィルソンの歌声が大好きでした。
宇多田ヒカルちゃんの2004年の楽曲『誰かの願いが叶うころ』は、「幸せって、誰かの不幸の上に成り立ってるよね?」という、薄々気づいていたけど誰も口に出さなかったようなことを、当時二十歳そこそこの女の子が、しれっと歌にしてしまった問題作ですが、細かい部分を見ると、「冷たい指輪が私に光ってみせた」「あなたは私を引きとめない/いつだってそう」などのディテールが、主人公の「道ならぬ恋」を匂わせているし、「みんなの願いは同時には叶わない」というフレーズは、「不倫」そのものの真理のようにも思えるのです。
男性が歌った不倫をテーマにした楽曲も探してみたのですが、あまりピンとくるものが見つかりませんでした。なんとなくですが、「浮気」は男性名詞で、「不倫」は女性名詞のような気がします。いずれにせよ、誰かと出会い、思いがけず「よろめいて」しまうことは、いつ誰に起きても不思議ではないことのはず。「アタシは大丈夫」などと息巻いている人ほど危ういのも、世の常でございます。せめて、自分に害の及ばない他人の「よろめき」には、もう少し寛容になってあげてもいいのでは?と言うのは、いい歳こいたチョンガーの世迷い言なので聞き流してください。