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【無人島189日目】野狐禅 『自殺志願者が線路に飛び込むスピード』

投稿日:2009年5月12日 更新日:

189日目。興味のない方には全くもってどうでもいいお話かも知れませんが、このブログにも何度となく書いてきた、ボクが愛してやまないアコースティック・デュオ「野狐禅」が解散を発表しました。解散の理由やいきさつなどに関しては、ご本人たちが真摯な言葉でホームページに綴っておりますので、どうぞそちらをご覧ください。ボクは人様から「どんな音楽が好きなんですか?」と問われればいつも「野狐禅!」と答えていたし、よく行くカラオケのあるバーではいつもひとりで野狐禅の歌をうたっていたので、知らないお客さんからも「野狐禅の人」という通称で呼ばれていたほどのフリークぶりで、その本体が解散ということは、悲しいとか寂しいとかいうよりも、もっと実質的に「困る」と言った感覚のほうが近いです。

『野狐禅』とはそもそも、「悟ってもいないのに、あたかも悟りきったかのような、ものの言い方をすること」という禅宗に基づいた言葉。99年北海道、大学を卒業後お互い就職もせず希望もなく、ダラダラでグダグダな生活を送っていた2人の青年が、「これでは死んでいるのと同じだ」と意気投合し、「生きてもないのに死んでたまるか!」を合い言葉に結成したバンドです。

旭川や札幌のライブハウスでしのぎを削っていた時代に作り、結局彼らのメジャー・デビュー曲となった「自殺志願者が線路に飛び込むスピード」は、そんなぐだぐだ生活を自虐的に綴った後にこんなフレーズで終わります。

自殺志願者が線路に飛び込むスピードで
生きていこうと思うんです
(自殺志願者が線路に飛び込むスピード)

自殺志願者も今の自分も、この切羽詰まったアリ地獄のような絶望に直面しているという点に関しては大した違いはないはず。だったらボクらは、彼らが死に向かうギリギリの真剣さで、生きる方を選んでみよう。一部のメディアでは放送禁止にはなりましたが、これはそういう前向きで力強い歌です。

もう一曲、そんな彼らの初期の代表曲としては『地獄』。昨年末にリリースされた最新アルバムに収録されましたが、レコーディングされた彼らの楽曲の中では、制作年的に一番古い曲になります。

過去を消せる消しゴムをくれよ
ついでに今を消せる消しゴムをくれよ
天国なんてものからは程遠く
暮らしというよりはむしろ地獄
(地獄)

多分ボクらの誰もが持っている、思ったように生きられないもどかしさと焦燥感、バカにしたり青臭いと笑ったりすることで見ないようにしている人生という限られた時間に対する焦りや憤り。そういったものすべてを4本の手足に錘のように結びつけたまま疾走する。彼らの歌には、そういうスピード感がありました。そんな彼らの歌のスタイルが、少し変わってきたなあとボクが感じたのは、06年にリリースされた3枚目のアルバム『ガリバー』を聴いたあたりだったでしょうか。

例えば週末の都内某路線最終電車
粘ついた吊り革にぶら下がっては
酒臭い息を垂れ流しやがる東京共をダイナマイトでブっ飛ばす!
そんなクソみたいな空想にふけっていたあの頃の私はもういないんだ
(東京マシンガン)

問題はこれまで散々苦労をかけてきた妻に
もう一度あの場所に戻りたいという言うなれば”再起の衝動”を
素直に打ち明けるべきかどうかなのでございます
(不完全熱唱)

解散の理由として彼らは、活動を続けてきたことによって生まれてきた、いろいろな意味での「ゆとり」や「幅」といったものが、逆に「野狐禅」のもつ本来の歌の核から外れてしまった、と語っています。確かに、初期の生きることへの衝動から吐き出される歌に比べ、後期の「走ってみたはいいが、これが本当に目指していた場所なのか?」的な惑いの歌は、同じ切実さはあれど、少しその趣旨が違ってきていたのかもしれません。

昨年末にリリースされ、野狐禅としては最後のアルバムとなった178日目にも紹介した『野狐禅』。そのメインタイトルとも言える『シーグラス』という曲では、彼らはこんな風に歌っていました。

漂って漂ってその身を細らせて
漂って漂ってその身を縮ませて
消えて無くなってしまうその前に
君のペンダントになれたらな
(シーグラス)

ある意味「悟りきった」人生の今生の際的なこの歌をうたったことで、彼らは『野狐禅』という名の道を歩みきったのかも知れません。

未来を語ることよりも思い出を語ることのほうが多くなった
その瞬間が号砲だ
よーいどんだ!よーいどんだ!
よーいどんだ!よう挑んだ!
(よう挑んだ)

10年間という時間、よう挑み続けた彼らの次の「ヨーイドン!」は、解散という号砲でスタートを切るのでしょう。それはそれで、かっちょいいとボクは思います。だからこれからも、ボクは人様から「どんな音楽が好きなんですか?」と問われればいつも、「野狐禅!」と答え続けようと思うのです。

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