229日目。前回、コレちゃんこと是枝裕和監督の映画『奇跡』について書きましたが、ボクの好きな映画は得てしてこういうドキュメンタリー・タッチの渋チンな映画が多いです。特撮&3Dのザ・ハリウッドな映画も観ないではないですが、観た後に心にすーっと染み入るのは、低予算ながらもなんとかアイデアを絞り出して制作したような、単館系の映画が多いのです。海外の監督でいうとケン・ローチやダルデンヌ兄弟、そして最近の日本人映画監督だと西川美和監督の作品にヤラれます。
09年に公開された西川美和監督・笑福亭鶴瓶主演映画『ディア・ドクター』は、その年の日本映画賞を総ナメするヒット作ではありましたが、物語としては過疎の医療問題を扱った地味でヘビーなテーマでした。つまりボク好みだったワケです。
この映画はDVDも購入し、もう数回鑑賞しておるのですが、西川美和監督が映画公開と同時期に上梓した短編小説『きのうの神様』は未読で、最近ふいに思い立って購入。ようやく拝読させていただきました。
小説『きのうの神様』は純粋な意味で、映画『ディア・ドクター』の原作ではなく、サイドストーリーのような短編が5つ収められている作品です。どのお話も地域医療に関わるストーリーではありますが、医療現場そのものよりも、それを取り巻く家族や環境をテーマに描かれています。
とは言え、読み込んでいくと、映画『ディア・ドクター』の登場人物の、過去や
後日談と思われしきエピソードも織り込まれており、映画のストーリーのスピンオフ的な、緻密な構成になっておるのが分かります。
例えば、映画と同じ「ディア・ドクター」と題された短編では、立派な医師を父に持つ兄弟の、お兄さんのほうが、どうやら映画の中で鶴瓶が演じた「伊野」という役柄に被るし、「1983年のホタル」では、名前からして、映画では井川遥の演じた女医の子供のころのストーリーだと気付かされます。また、最後に収録された「満月の代弁者」では、瑛太が演じた傷ついた研修医の5年後の人生が、鮮やかに描かれているのです。
この小説は第141回直木賞候補となり、惜しくも受賞は逃したものの、選考委員である浅田次郎氏からは「はっきりと文学である」と称され、同じく選考委員の阿刀田高氏をもってして、「(受賞させなかったことを)今でも、これでよかったのかどうか、迷っている」とまで言わしめるほどの賛辞を浴びました。ボク的には「ディア・ドクター」と題された短編が大好きで、これを原作にもう1本映画を作ってほしいと願ってしまうほど、映像的で温かい佳作です。
「一ところに留まらずころころと転がり続けていく兄のことを想う時の父は、いつも遠いところに吹く、澄み切った風を望むような眼をしていた」
(「ディア・ドクター」より抜粋)
西川美和氏は弱冠36歳。映画監督としても小説家としても、ここまで才気を感じさせる若き作り手は、なかなかいらっしゃるものではないでしょう。三島由紀夫賞候補にもなった前作『ゆれる』もそうでしたが、彼女の作品は本を閉じた後、ふと澄み切った風を望むような心地にさせてくれる、まさに「はっきりとした文学」なのです。