264日目。「高級百貨店」なんて場所は、ガラじゃないのであまり行きませんが、たまに贈り物などを見繕わなければいけなくなると、ボクは「新宿伊勢丹」に出向きます。アールデコ調の外装、二層吹き抜けの入り口、アンモナイトが埋まった大理石の階段、白く発光したフロア。ロンドンで言えば「ハロッズ」、ニューヨークで言えば「バーグドルフ」のような「老舗ですけどなにか?」的な高圧感にゾクゾクします。ブランドショップとレストランが併設された駅ビルや、全面ガラス張りのファッションデパートの方が、はるかに気安く便利なのですが、良いものを知っている気の置けない友人に贈るちょっとした「サプライズ」を探すのなら、やっぱり伊勢丹。店員にナメられないように(そもそもナメた態度の店員なんて一人もいないのですが)、わざわざ買い物に行くためだけに着替えたりする、その自分のちっちゃさゆえの面倒くささも、たまには良いのです。
アッコちゃんこと矢野顕子氏が今月リリースしたアルバム『飛ばしていくよ』(ってタイトルがスゲェ好きっす)に収録された『ISETAN-TAN-TAN』は、伊勢丹新宿移転80周年記念オフィシャルソングとして、昨年10月にアッコちゃんが書き下ろした新曲です。最近、その歌に合わせて500名以上の伊勢丹スタッフが踊るPVが話題になっています。
ママに買ってあげたい
足が細くみえる靴
履いてゆくとこないでしょって
言わないでパパにきっと似合う
お腹へっこんでみえるズボン
手をつないであげようかな
思い切ってお金があっても無くても
買ってあげたい人がいる
その日がくるまで待っててね晴れた空でも雨の日でも
電車にのって出かけよう
わたしが着くまで待っててね
ISETAN-TAN-TAN黄色とかピンクとか
あふれてるよ 部屋の中
他の色 試してごらん
似合うかな?わたしのこと ずっと
見ててくれたんだね あなた
気付かないふりしてて
ごめんなさいお金があっても無くても
もらうばかりじゃつまんない
その日がくるまで待っててね晴れた空でも雨の日でも
電車にのって出かけよう
もうすぐ着くから待っててね
ISETAN-TAN-TAN
かわいらしいですな。「フラッシュモブ」だの「恋チュン」だの、最近この手の集団ダンスを目にする機会が多いですが、どれもこれも踊っている本人たちがニコニコしていて幸せそうで、単純にそれだけでほのぼのするのです。おっさんか。おっさんだ。
余談ですが、アッコちゃんは1999年にも『ISETAN-TAN』という楽曲を発表しているのですが、その時は伊勢丹のタイアップはつかなかったようです。歌詞を比べてみると実は同じようなことを歌っているのですが、なんつうか、そりゃそうよねーと思います。
ISETAN OH ISETAN
昔はイテテタンだったんだって
ママとでかけた都電で
本棚 歯ブラシ 植木にトレイのカバー
みんなやってくる うちの中
わたしのデパート売り場ごと買った日 なんにも買わない日
難民みたいに固まったエレベーター
わたしのデパートいつの日か無くなるものなのに
世界中 愛と希望以外のものすべて買うバラの花束 100ワットの蛍光管
甘塩のしゃけとたらこ 試食済み
ほほえみも買った 退屈も革靴も買った
エスカレータに乗って 国境も超えたここで生まれたから ここに葬られる
食料 医療 難攻不落の城壁
わたしのデパートだから
ISETAN-TAN
ということで、本日はアッコちゃんのアルバムを紹介するかと思いきや、全く違って、2011年に上梓された森絵都の『異国のおじさんを伴う』という短編集に収録されている、新宿伊勢丹を舞台にした『クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の……』という小説です。
クリスマスイブを目前に控えた雨の日曜日。新宿伊勢丹に三十路の女性が一人でやってきます。彼女は気の乗らないクリスマスデートに着るための洋服を探しにきたのですが、絶望的に混み合った店内に心が折れ、帰ろうとしたその時、「プラダ」の売り場で靴を選んでいる老婦人を見かけ……。
ほんの10ページほどの短いお話ですが、高級百貨店ならではのちょっとした魔法のようなものをテーマにしていて、その魔法を目の当たりにした主人公の「心模様」の描写が見事です。
明らかに人を選んでいる路面店と比べ、誰でも入れてしまう百貨店では、自分とはまったく立場の違う人の買い物が見えてしまうという「功罪」があります。貯金をはたいてようやく欲しいものを買った時のドキドキ感や、その横で同じ商品をなんの躊躇もなく買って行く人をみた時のモヤモヤ感が、マーブルチョコのように館内を渦巻いているのです。でもそんなこんなも包み込む、あのふわふわとした明るい照明の中で、まるで「フラッシュモブ」を踊る人たちのように、みんなに等分の幸福をくれるのが一流の百貨店で、それがアッコちゃんのいうところの「ISETAN-TAN」なのでしょう。