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【無人島279日目】黒柳徹子 『トットひとり』

投稿日:2015年5月14日 更新日:

279日目。先日実家に帰って、母親と居間で世間話をかましていた時のこと。テレビからある有名人の訃報が流れ、不意に「そうそう、アタシの『遺書』は鏡台の引き出しに入ってるからね」みたいなことを、母親が何気ない口調で言い出し、ボクは驚くというよりも、オロオロしてしまいました。もう少し若い頃なら、笑いながら「ナニ言ってんの?」的な切り返しをしたでしょうが、傘寿を超えた親がポロリと切り出した遺書の話を、「ナニ言ってんの?」と混ぜ返すのは、いくら息子でも失礼に当たる気がしたのです。どうしよう?どう返そうか?と態度を決めかねている間にテレビは別の話題に移り、なんとなくそのままになってしまいました。ボクはいい歳をして、夕暮れどきに迷子になった子供のような、なんとも心細い気持ちになったのです。

黒柳徹子氏が6年ぶりに上梓したエッセイ『トットひとり』を拝読いたしました。御歳81歳。日本のテレビ女優第1号であり、テレビ草創期から現在まで継続してレギュラー番組を持ち続けている、唯一のタレントなのだそう。そう言われると確かに子供の頃からずーっとテレビでお見かけしていて、今でもかなり高めの頻度でお目にかかるタレントさんは、この方以外にいらっしゃいません。

エッセイでは、『ザ・ベストテン』のプロデューサー・山田修爾氏との思い出、親しかった作家・向田邦子氏と過ごした日々、兄と慕っていた渥美清氏、母と呼んでいた沢村貞子氏、師であり戦友だった森繁久彌氏との懐古談などが、あの口調を彷彿とさせる話し言葉のような、耳心地のよいトーンで綴られております。ただこのエッセイ集が、いままでの彼女の著作と明らかに違うのは、語られるすべての人々が全員「故人」になってしまっているところでしょう。

歳をとると、親しい人がどんどんいなくなって、本当に寂しくなるんだよ——そういうふうに、若い頃から聞かされてきて、実際、私もいろんな友達をなくしてきて、それでも、「それはもちろん寂しいには違いないけど、でも……」って考えてきたのだけど、セイ兄ちゃん(杉浦直樹氏)までいなくなって、ああ、本当にそうなんだな、と今ではつくづく思う。(中略)みんな、もっと仕事をしたかっただろうから、そのかわり、私ができるだけ長生きして、元気に仕事をしなきゃ……という風には、全然思わないものだとも、わかった。みんな、残った人間にそんな事を思わせない、大きな人ばかりだった。(『トットひとり』抜粋)

例えば我が身に置き換えて、伴侶も子供もいず、周りにいる友人や仕事仲間、親や兄弟といった身内がどんどん死んでいき、自分ひとりだけが残ってしまったら……と考えると、それはある意味、自分が死を迎えることを想像するよりも、はるかに恐怖ではないかと思うのです。あのトットちゃんが今、そんな孤独の中にいらっしゃるのかと思うと、なんだかやりきれませんが、エッセイの最後に彼女はこんな風に綴っています。

でも、あの輝きを、もう一回取り戻したいとは思わない。それは「なげくなかれ」、嘆いても仕方がない。ただ、私が喜劇をやる時、いま味わっているような寂寥感を身をもって知っておいた方が、人生のさまざまなことを理解し判断でき、「その奥に秘められたる力を見出す」ことができて、もっといい表現ができるのかもしれない、とは思う。私は、そう願っている。(『トットひとり』抜粋)

老年の孤独でさえ「芸の肥やし」だと言い切るその女優魂は圧巻ですが、読み終えてボクは、この本は黒柳さんの「遺書」なのだろうなと思いました。自分が誰と出会い、何を思い、どうやって働いてきたかを綴った「生きた証」としての「遺書」。そして残されたものの使命として、一緒の時代を生きた愛すべき人々の言葉や姿を語り継ぐための「遺書」。

本を書きながら、「あぁ、これだけすばらしい人たちも、みんな死んでいくんだ」と、つくづく思いました。自分は、これだけの人たちと別れたのか。死というのはどういうところかわからないけれど、これだけの人がみんな通った道なのだと思うと、死ぬのが怖いという気持ちにならなくなりました。(『婦人公論』5月26日号インタビュー抜粋)

黒柳さんとほぼ同い年のボクの母は、なにを思い、なにを遺書に記したのでしょう。文学好きの母のことですから、ちょっとした大作になっているやも知れません。楽しみなどというと語弊がありますが、興味はそそられます。まだまだ当分読める日が来ないことを祈りつつ、テレビを見つめるそのすました横顔を、そっと眺めておりました。

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