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【無人島238日目】山田太一 『空也上人がいた』

投稿日:2011年12月21日 更新日:

238日目。さて年末ですので、今年のレビューの総決算をしたいと思います。まずはBOOK部門。今年出会って面白かった本と言えば、229日目に紹介した『きのうの神様』、伊集院静の『いねむり先生』、辻村深月の『ツナグ』、直木賞受賞作の『下町ロケット』あたりがパッと思い浮かびます。あと、新潮社の文芸誌『yom yom』の7月号に掲載された、森絵都の『ヨハネスブルクのマフィア』は、人が人に残す思いがけない「痕跡」をテーマにした短編で、減量中のボクサーのように無駄を削ぎ落した文体と、鮮やかなストーリーテリングにツボり、何度も何度も読み返しました。

でもボクが今年一番ハマったのは、山田太一著の『空也上人がいた』。山田氏が19年ぶりの書き下ろした新作小説です。先に言っておきますが、ボクは20年来の山田太一マニアでなので、今回のレビューはちょっと濃いめだと思います。

まずマニアとして、山田太一氏の経歴から紹介しましょう。本名、石坂太一。昭和9年、浅草生まれ。松竹の助監督を経て、テレビドラマの脚本家に転身。『男たちの旅路』『岸辺のアルバム』『想いでづくり』などの名作ドラマを次々と発表し、70年代に向田邦子、倉本聰とともに「シナリオライター御三家」と呼ばれました。83年にスタートした『ふぞろいの林檎たち』では、学生のリアルを描き大衆人気を確立しましたが、この頃からテレビドラマよりも舞台の戯曲を多く手がけるようになります。また80年代から小説も手がけ、88年『異人たちとの夏』で山本周五郎賞を受賞。今回紹介する『空也上人がいた』は通算16作目の小説となり、ご本人曰くこれをもって「もう小説は書かない」と語り、最後の小説としても注目されています。

ボクが山田太一作品に出会ったのは、83年のドラマ『早春スケッチブック』が最初だったと思います。山崎努が演じる型破りな男が、平凡な家族の「常識」をぶっ壊していくお話で、当時早熟で頭デッカチだった中学生のボクは、山崎努の「ありきたりなことをいうな!お前らは、骨の髄までありきたりだ!」という台詞に、ぶん殴られるような衝撃を受けたものです。

それ以来、山田氏の書く脚本や小説、エッセイを読みふけり、心酔しました。彼の書く物語は、曖昧さがなく、多面的かつ多義的です。ひとつのテーマに対し、たくさんの事実とたくさんの見解を並べ、最終的な判断は読者(もしくは視聴者)に委ねるので、受け手は本を閉じた後、もしくはテレビを消した後にも、ずっとそのストーリーの中に取り残されてしまいます。そしてそこが、山田太一ワールドなのです。

今回の小説『空也上人がいた』の主人公は、老人ホームでヘルパーとして働いていた27歳の青年。あるきっかけで老人ホームを辞めた彼は、知人の女性ケアマネージャーからの紹介で、82歳の男性の在宅介護の仕事を引き受けます。青年、女性ケアマネージャー、82歳の老人。この3人が交錯しながら、思いがけない方向へと話は進み、切ないラストへと導いていきます。

「もう願い事もいくらも果せない齢になり、あと一つだけ小説を書いておきたかった。二十代の青年が語る、七十代にならなければ書けなかった物語である」とは、著者あとがきの言葉です。クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』にも通じる、老いの悲しみとロマンティシズムを備えた素晴らしい作品です。

小説の中で、老人が青年に、京都の六波羅蜜寺にある「空也上人像」を見に行かせるシーンがあり、マニアとしてこれは見ておかなければと、ボクはわざわざ今年の秋に本を携えて、京都まで行ってきました。実物の「空也上人像」は思ったよりもはるかに地味で、たぶんこの本を読んでいなければ一生出会うこともなかっただろうと思うような小さな仏像でした。しかしその像の前にいると、小説の中の老人が、いや山田氏本人が、ボクの隣りで一緒に仏像を見つめているような気持ちがして、なんだか背筋が伸びる思いでした。そうです。そこが、山田太一ワールドなのです。

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