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【無人島125日目】田村裕 “ホームレス中学生”

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ホームレス中学生

ホームレス中学生

  • 作者: 麒麟・田村裕
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2007/08/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

125日目。今年の「流行語大賞」の有力候補は、小島よしおの「そんなの関係ねぇ!」とエリカ様の「別に」だそうです。ほぼ同義語に近いこのふたつの言葉を一文にまとめてみると「別に。そんなの関係ねえし。つかウザイ」みたいなフレーズに仕上がります。この手の台詞は、多少の言い回しは違えど、古今東西問わず頭の悪い(←ひどい)若者の常套句で、大抵自分の分が悪く、上手く言い返すこともできず、というより自分の意見すらなく、でも負けを認めるのがイヤで、ちょっと凄んでその場を切り抜けようとしているだけの言葉です。かくゆうボクも若い頃は多用していたものでございます。



劇団ひとりの大成功以来、次々と発刊されるお笑い芸人の出版物の中でも、ちょっと出色な話題作である、お笑いコンビ「麒麟」の田村裕著『ホームレス中学生』。

特に不自由もなく暮らしていた13歳の中学生が、ある日学校から我が家に帰ると、家具が表に出され、ドアには「差し押さえ」の文字が並んだ黄色いテープが十字に貼られていました。兄姉たちと呆然と立ちすくんでいると父親が現れ、こう言い放ちます。「ご覧の通り、まことに残念ではございますが、家のほうには入れなくなりました。厳しいとは思いますが、これから各々頑張って生きてください。……………解散!!」。

もうこれだけで、かなりネタっぽい話ですが、どうやら本当の出来事らしく、このエッセイではその「解散」の日から、兄姉とも離れ、近くの公園でホームレス生活を始め、やがて友人に救われ、友人の親や学校の先生に救われ、兄姉と再び暮らし始め、高校に入り、極貧生活に耐え、やがて芸人という道を選んで行くまでのおよそ6年間の道筋が綴られています。

漫才師らしく、かなりおもしろおかしく書かれているし、文章も想像以上に上手ですが、作品として見た場合、「陰日向に咲く」のような練られた完成度はありません。ただそれでもググッと引き込まれてしまうのは、田村裕という男の純朴さとひたむきさと愛情の深さが、文面が滲まんばかり溢れ出ているせいでしょう。

どんなに状況が厳しくても、決してひとりよがりにならず、他人のことを優先して考え、行動する。この、誰もが分かっていながら、なかなかどうして実践できないスタイルを、たった13歳だった田村は見事にクリアしながら、たくましく生き抜いています。物を盗み、人を傷つけ、身を落としていくほうが余程ラクだったはずのシチュエーションで、ここまでストイックに生きてこれた彼は、それだけで賞賛に値するとボクは思います。

それらは多分母親による影響が大きく、たびたび挿入される母親との思い出話をつなぎ合わせると、彼がいかに母親との「約束」を守り、ただ母親に褒められたい一心で、頑張ってきたのかが分かります。それは犬が飼い主に向けるストレートな愛情に似ています。純粋で、ひたむきで、涙ぐましいのです。

感謝の気持ちを忘れない。他人に迷惑を掛けない。ご飯を大切に食べる。約束を破らない。あまりにも道徳的すぎて、最近あまり耳にもしなくなったそれらの当たり前のことが、このエッセイの根底にはあります。実践するとなると結構大変で、「別に、そんなの関係ねぇ」と投げ出してしまった方がずっとラクなのに、それをせず、キチンと向き合ってきた男の姿が、この本の向こうに透けて見えるのです。

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