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【無人島106日目】東直子 “とりつくしま”

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とりつくしま

とりつくしま

  • 作者: 東 直子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/05/07
  • メディア: 単行本

106日目。先日、入院している友人を見舞いに、新宿にある大きな大学病院まで行ってきました。ボクは生まれてこのかた、大病も大怪我もしたことがなく、入院という経験がないのでうまく語れませんが、あの大きな病院の持つ空気っつうのは、独特なものがありますな。例えるなら、戦場になった国みたい。戦場も行ったことないけど。しかもドンパチやってるその現場ではなく、ドンパチが遠くに聞こえるくらいの距離にある街って感じ。どうしようもなく流れてくる「死」の匂いに怯えながら、誰もが平静を装いつつ、心で強く「生」を願っている場所。でもきっと願い叶わず、この病院で逝ってしまった人たちもたくさんいるワケで、そう考えると、古戦場や城跡などが持つ、静謐さと生臭さを感じました。病院で死ぬ人が9割以上と言われる昨今、いずれは自分もこの中に入ることになるのかと思うと、ただ見舞いに来ただけなのに、なんとも暗鬱な気分になったり。死ぬってなんだろう? 生きるってなんだ?

死んだあと、もし心残りや未練が残っていると、「とりつくしま係」の人に呼び止められて、「なにかモノにとりついて、もう一度この世に戻ることができますよ?」と言われます。「ただ生きているモノはダメ。魂が先に住んでいるから。モノに限ります」。そこで若奥さんは、旦那さんの愛用しているマグカップに、野球少年のお母さんは、次の試合で息子が使うロージンに、お母さんが大好きな幼稚園児は、お母さんと遊んだ公園の「青いやつ」に「とりつく」ことにします……。

歌人・東直子の2冊目の小説「とりつくしま」。死後の世界を描いた作品は古今東西たくさんありますが、この短編連作は、なんともユーモアとやさしさの溢れた視点で、先に逝ってしまったものの「死後」と、残されたものの「死後」を、ひとつのものとして描いています。

死んだ後に自分がいない世界を観察する、という設定は、大島弓子の漫画「四月怪談」にも通じますが、それを「モノ」として眺めるという設定が面白い。執着のある人のそばで、でもなにもできず、ただ静物としてその人を眺める。究極の「片思い」状態の中で見えてくる「本当の心残り」とは?というのが、この本のテーマです。

それは執着や嫉妬からくる「見張る」という感情か、はたまたただ相手の幸福だけを祈る「見守る」という感情なのか。10の短編にはさまざまなパターンの「とりつき」が描かれていますが、ボクは1編目の「ロージン」が一番好きでした。自分の愛する人は、自分がいなくても大丈夫。それは、涙が出るほど切なく、しかしうれしい気持ちで、しかも死んでからでないと本当には味わえない感情かも知れません。

この本を読むと当然のごとく、「自分はなにをとりつくしまにするか?」という自問が生まれます。ボクも考えました。思いつきました。でも言いません。こんな死後があるなら、死ぬのも怖くないかも。早くとりつきてえ。ワクワク。

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